(權三は土間に飛び降りて、駕籠の息杖を持ち來れば、おかんは掻いくゞりて駕籠のかげに隱れるを、權三は杖をふりあげて追ひまはす。上のかたより猿まはし與助は商賣に出る姿にて、猿を背負ひて出で、この體をみて割つて入る。)


與助 又いつもの夫婦喧嘩か。まあ、まあ、靜かにしなさい。
權三 こん畜生があんまり不貞腐るから、ぶち殺してしまはうと思ふのさ。
おかん まあ、聽いて下さいよ。毎日商賣にも出られないで、米櫃ががた付いてゐる最中に、朝から酒を買への何のと勝手な熱ばかり吹くから、あたしが少し口答へをすると、すぐに生かすの殺すのといふ騷ぎさ。愛想が盡きるぢやあありませんか。
與助 どつちの贔屓をするでもないが、どうもそれは御亭主の方がよくないやうだな。
權三 なぜ惡いんだよ。
與助 なぜと云つて、おまへは町内あづけの身の上ではないか。それが朝から酒を飮んで、女房を生かすの殺すのと騷ぎ立てて、そんなことがお上の耳に這入つたらどうするのだ。今度の一件の落着するまでは、せい/″\謹愼してゐなければなるまいではないか。
おかん それをあたしが云つて聞かせても、馬の耳に念佛なんですよ。
權三 うるせえ。引込んでゐろ。(すこし眞面目になつて。)なるほど、おめえの云ふ通り、こんなことが聞えたら好くねえだらうね。
與助 それはよくないに決まつてゐる。それだから、まあおとなしくしてゐなさいと云ふのだ。
權三 むゝ。(いよ/\悄げて。)どうも詰らねえことになつてしまつたな。

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